おはようございます!AIらぼのりこです🫶
売上、フォロワー数、登録者数。
発信やビジネスをしていると、数字を見ない日はほとんどありませんよね。
もちろん、数字を見るのは大事です。
目標を立てることも大事だし、改善するために数字を追うことも大事です。
でも、数字に振り回され始めると、発信って一気に苦しくなるんですよね…。
「もっと伸ばさないと」
「前より反応が悪い」
「このまま落ちたらどうしよう」
そんなふうに考えているうちに、いつの間にか読者の顔が見えなくなる。
本当は、目の前の人の役に立ちたくて始めたはずなのに。
気づくと、自分の成果ばかりを追いかけていないか?
これって、発信やビジネスをしている人なら一度は経験があると思います。
かくいう私も、ちょうど最近同じようなことで悩んでいたんですね。
そんな中、最近の イケハヤ@サブスタ攻略情報 さんの仏教関連の記事がおもしろくて!
私も今日は仏教関連の本を読もうかなーと、手に取った一冊の中でこの悩みをやわらげてくれるような考え方に出会いました。
それが、大乗仏教の「利他」と「空」の思想です。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、ビジネスや発信に置き換えると、かなり実用的です。
今日の話は、成果を追いながらも、成果に飲み込まれないための考え方をお届けしていきますね✨
出発点は『教養書必読100冊を1冊にまとめてみた』
去年の誕生日にプレゼントしてもらった
『世界のエリートが学んでいる教養書必読100冊を1冊にまとめてみた』
という本があるんですが、この本がかなりおもしろいんですよ。
西洋哲学、東洋思想、サイエンス、テクノロジー、アート。
いろいろな分野の名著100冊分のエッセンスが、1冊にまとまっています。
それぞれの本が、2〜3ページくらいでぎゅっと紹介されているんですね。
100冊全部を買って読むとなると、時間もお金もかなりかかるじゃないですが。しかも、必ずしも「名著が全ての人にとって分かりやすく書かれている」わけではないんですよね。
専門家ではないから、その本が一番何を伝えたいのか、解釈が難しいこともある。
でも、この1冊があると、それぞれの本の「いちばん大事なところ」に触れられる。
リベラルアーツ初心者の私には、かなりありがたい本でして…✨
その中の「東洋思想」のセクションで出会ったのが、今日の話の元ネタ。
『般若心経』ー大乗仏教のお話です。
原始仏教は、ぶっちゃけ「めちゃくちゃ厳しい」
仏教の始まりは釈迦、つまりブッダから始まっています。
釈迦の教えは根本的に「苦しみの原因は煩悩にある」という考え方です。
煩悩を手放すために厳しい修行をする。
その先に、悟りや涅槃がある。
これが、原始仏教の大きな流れです。
ただ、これがかなり厳しいんですよね。
修行して、煩悩を捨てて、自分を救い、悟りの境地に至る。そのあとに、人を救う。
順番としては、
修行 → 自己救済 → 利他
という感じです。
まず自分を救って、そのあとに人のために動く。
理屈としては分かるんですが、普通に考えると、かっっなりハードルが高いですよねw
「まず厳しい修行をしてください」
「煩悩を捨ててください」
「悟りを得てください」
そう言われても、多くの人は入り口で挫折してしまう。実際に、あまりに厳しい内容に釈迦の入滅後、厳しい修行にしり込みして入門者は増えなかったとか。
しかも、原始仏教の世界では、仏陀は基本的に1人という設定だったそうで。
仏陀の一歩手前の存在として「菩薩」があるのですが、その菩薩がブッダになれるという認定をするのは、ブッダ(釈迦)なんです。認定された50億年後にブッダになる。
が、釈迦はすでに亡くなっている。つまり、現実世界ではブッダになることは不可能なんです。
これどういうことかというと、会社に置き換えると分かりやすいかなって。
どれだけ頑張っても、社長になる道がほぼ閉ざされている会社。
でも、仕事(=修行)はめちゃくちゃ厳しい。
こういう会社ではなかなか頑張れないですよね…w
「大乗仏教」はスタート地点を変えた
釈迦が亡くなってから約500年後。
これでは厳しすぎるよね、という流れの中で生まれたのが、大乗仏教です。
「大乗」というのは、大きな乗り物という意味で、原始仏教がひとりで涅槃を目指すのであれば完全に真逆。みんなで大きな乗り物に乗って、一緒に涅槃を目指そう。そんな思想です。
ここで大きく変わったのが、自分が救われるための順番なんですよね。
原始仏教では、
修行 → 自己救済 → 利他
でした。自分の煩悩を捨て去り、悟ってから人を救う、他者に貢献するという順番だったんです。
でも、大乗仏教では、これが逆になります。
利他 → 心の安寧 → 自己救済
まず、人のためになることをする。
人を助ける。人に尽くす。
そうすることで、自分の心が安らいでいく。
その先に、自分の救いがある。
この順番が、すごくおもしろいなと思って。
スタートラインが「自分」ではなく、「他人」になっているんですよね。
「まず自分を完璧に整えなさい」ではありません。
「まず目の前の人のためにできることをしてみよう」なんです。
これなら生活の中にも入れやすいし、仕事にも、発信にも、子育てにも、人間関係にも使えます。
いきなり悟る必要はなく、いきなり自分を完成させる必要もありません。
まず、目の前の人の役に立つ。
その積み重ねの中で、自分の心も整っていく。
この考え方に私は結構、いやかなり救われるものを感じたんです。
「人のため」は、自己犠牲ではない
ここで誤解したくないのは、「人のために動く」というのは、自己犠牲ではないということです。
自分をすり減らして、誰かに尽くす。自分の気持ちを無視して、相手に合わせ続ける。
そういう話ではありません。
むしろ逆です。
自分が長く幸せに働き続けるために、起点を「自分の得」だけにしない。
これが大事なんだと思います。
「私が儲かるために」
「私が評価されるために」
「私が勝つために」
もちろん、そういう気持ちがゼロになることはありません。私にもあります。
でも、それだけが起点になると、だんだん苦しくなるんですよね。
反応が悪いと落ち込み、売上が下がると不安になり、誰かが伸びていると焦る。
数字が自分の価値のように感じてしまう。
そうなると、発信もビジネスも長く続きません。
一方で、
「この人の悩みを少しでも軽くできないかな」
「読者が一歩動けるようにできないかな」
「自分の経験を、誰かの役に立つ形で渡せないかな」
こう考えると同じ仕事でも見え方が変わって、結果的に読者さんやフォロワーさんにも伝わります。
読者さんって、バカじゃないんですよね。割と明確に、こちらの焦りを感じ取る。
売りたいだけなのか。
本当に役に立とうとしているのか。
そこはちゃんと伝わるんですよね。
大乗仏教の「空」は、執着をほどいてくれる
大乗仏教の中にある、もうひとつ大切な思想が「空」です。
『色即是空、空即是色』
聞いたことがある方も多いと思います。
「色(しき)」というのは、この世にあるあらゆるモノのこと。
桜も、お金も、家も、パソコンも、スマホも、仕事も、肩書きも、実績も。
目に見えるものも、目に見えない価値も、広い意味ではすべて「色」です。
そして「空(くう)」は、それらが固定されたものではない、という考え方です。
つまり「あらゆる全てのモノは移ろい、移ろうからこそモノである」という意味です。
今ここにあるように見えているものも、実はずっと変化している。
桜は咲いて散る。
家も少しずつ古くなる。
パソコンもいつか壊れる。
お金の価値も変わる。
肩書きも変化する。
実績も、時間が経てば過去のものになる。
短い時間軸で見ると、固定されているように見えるものもあります。
でも、もっと長い時間軸で見ると、変わらないものは何一つとしてありません。
つまり、すべては移ろうモノなんです。
そして、移ろうものに過度に執着すると、人は苦しくなってしまう。
ずっといまの売上が続くと思う。
ずっといまの評価が続くと思う。
ずっといまの人間関係が続くと思う。
ずっといまの健康が続くと思う。
でも、現実には変わります。
変わるものを、変わらないものとして握りしめるから、苦しくなる。
この考え方は、ビジネスをしている人ほど知っておいたほうがいいなと思いました。
ChatGPTに「じゃあ金(きん)は?」って聞いてみた
ここでふと思ったわけです。「でもじゃあ、金はどうなの?」と。
金(ゴールド)は腐らないし、世界中で価値が認められているじゃないですか。
長い歴史の中でも、資産として扱われてきましたよね。
これはパッとみたら移ろわないものな気がするんだけど、大乗仏教ではどう解釈するのか。
そう思ってChatGPTに聞いてみたら、返ってきた答えが「なるほど!」とおもしろかったんです。
ざっくり言うと、こんな感じ↓
金そのものは、たしかに腐りにくい。
物質としてはかなり安定している。
でも、金に価値を見出す社会、通貨制度、国家、取引市場、人間の欲望は変わっていく。
つまり、金という物質は残っても、「金には価値がある」と信じる仕組みは永遠ではない。
それに金を細分化すると、もともとは小さな原子がたまたま「金」としていま見えているだけ。
太陽や地球はいつかなくなる。そういう意味では、金も移ろうものだなと。
これを聞いてなるほどな!と思って。
私たちの人生100年スケールでは、金はかなり強い資産ですよね。
でも、もっと長い時間軸で見ると、それすらも移ろう。
物質は残りやすいかもしれないが、いずれはなくなる。
それに価値を感じる人間社会のほうも変わる。
そう考えると「金を集めること」だけに人生を使うのは、ちょっと不思議な感じもしますよね。
もちろん、お金や資産は大事です。
でも、それに人生を支配されるほど執着する必要はない。
そう思うと、少し肩の力が抜けました。
ビジネスへの応用:「執着」と「こだわり」は違う
ここからが、今日いちばん伝えたいところなんですが。「お金や地位などに執着しない」と言われると
「では、目標を持ってはいけないの?」
「売上にこだわってはいけないの?」
「数字を追うのは悪いことなの?」
と思うかもしれません。
私はそうではないと考えています。
こだわるのは大事なんですよね。でも、執着するのは苦しくなります。
この2つは、似ているようで違うかなと。
売上目標を立てる。
登録者数を確認する。
商品を改善する。
SNSの反応を見る。
これは、成果を達成するために必要なこだわりです。仕事として、とても大事なことですよね。でも
「この数字が下がったら、自分の価値も下がる」
「この実績を失ったら終わり」
「前より反応が悪い自分はダメだ」
こうなってくると、執着かなと。
執着すると、とたんに視野が狭くなるんですよね。
選択肢が見えなくなり、焦って売り込み、必要以上に他人と比べる。
今のやり方にしがみつく。読者の顔より、数字ばかりを見る。
そうなると、結果的にビジネスも発信もうまくいきません。
こだわりは、行動を前に進めてくれる。執着は、行動を固くする。
ここを分けて考えることが、大事なんだと思います。
調子がいい時ほど「すべては移ろう」を思い出す
特に、最近やっと結果が出てきた人ほど、気をつけたほうがいいと思ってて。
これは、私自身にも言い聞かせています…(笑)
人生には、良い時期と悪い時期がある。
ビジネスにも、伸びる時期と停滞する時期がある。
発信にも、反応がいい時期と、なぜか読まれない時期がある。
いまうまくいっていること、嬉しいしいいことです。ちゃんと喜んでいい。
でも、「これがずっと続く」と思いすぎると、下がったときに苦しくなります。
逆に、いましんどい人も同じです。いまのしんどさが、永遠に続くわけではありません。
すべては移ろう。
良い時期も、悪い時期も、ずっと同じではありません。
そう思えると、少し冷静になれませんか?
調子がいい時にこそ、キャッシュを残しておく。次の商品を仕込んでおく。発信の柱を増やしておく。無理をしすぎない。
調子が悪い時には、休む。やり方を変える。身近な人の声を聞く。小さく立て直す。
「すべては移ろう」と知っていると、目の前の結果に飲み込まれにくくなるのかなと。
執着を手放すと、現実逃避するのではなく、むしろ対策がしやすくなるんですよね。
人のために動くと、一周回って自分が救われる
今日の結論はいたってシンプルで
人のためにやることを起点に置くと、一周回って自分の心が救われる
ということ。
これは、きれいごとではなければ、自己犠牲でもありません。
むしろ、自分が長く幸せに働き続けるための、かなり現実的な考え方だと思っていて。
ビジネスでも同じですよね。
「私が儲かるために」を起点にすると、数字に執着しやすくなる。
執着すると苦しくなって、焦って、視野が狭くなる。
でも、
「目の前の人の役に立つために」
「読者が少しでも前に進めるように」
「自分の経験を、誰かの助けになる形で渡すために」
こう考えると、発信の順番が変わるんです。
売り込みではなく、信頼を積み上げる発信になる。
自分のためだけではなく、読者やフォロワーさんと一緒に進む発信になる。
結果として、感謝が返ってくる。信頼が返ってくる。
その先に、お金や仕事もついてくる。
この順番が大事なんだと思います。
まず、自分を満たしてから人のために動く。それも大事です。
でも、人のために動くことで、自分の心が整っていく。
大乗仏教の「利他」の考え方は、このAI時代の発信者やビジネスをしている人にこそ必要な視点なのかもしれません。
いまうまくいっている人も、いましんどい人も、どちらも、その状態はずっと続くわけではありません。
すべては移ろう。だからこそ、今日できることをひとつ選ぶ。
目の前の人のために、自分ができることをひとつやる。
もちろん、それは大きなことではなくていいと思っていて。
読者の悩みに答える。誰かに役立つ情報をまとめる。自分の失敗を、誰かの学びになる形で書く。
迷っている人の背中を、少しだけ押す。
そういう小さな利他の積み重ねが、結果的に自分を救ってくれるのだと思います。
このニュースレターではAIを使いながら、自分らしく発信や仕事を続けるための考え方を届けています。
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最後まで読んでくださって、ありがとうございました🫶
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