逆らい続け、あがき続けた。早く自由になりたかった。
信じられる大人との争いの中で、許し合い、一体何が分かり合えただろう。
うんざりしながら、それでも過ごした。
ひとつだけ、解ってたこと。
この支配からの卒業。
ー尾崎豊『卒業』
中学生のころ、何度この曲をリピートしていただろうか。
生徒会長、オール5、北辰テスト3科満点(埼玉の人しか知らないローカル試験)。
外面だけは成績優秀、優等生のいい子だった。が、イヤホンの中ではずっと、私の気持ちを尾崎豊さんが代弁してくれていた。
私が、いい子をやめた日。
なにかにずっと、怒っていたころ。
今日はその頃の話をお届けしたい。
尾崎豊と出会ったきっかけは恋だった
尾崎豊さん(以降は敬意をこめて尾崎と呼ぶ)は1992年4月、26歳の若さでなくなっている。気が付けば、彼の年齢をゆうに超えてしまった。
1989年生まれの私、当然尾崎のことをリアルでは知らない。
彼のことを知ったのは、中学生のころ。当時付き合っていた彼の影響だ。(なんでその彼が尾崎のことを知っているんだという質問については、ちょっと刺激的なのでここでは割愛する)
彼に教えてもらった曲は、王道の名曲『I LOVE YOU』や『Oh MY LITTLE GIRL』だった。
カラオケで私に歌ってくれた彼は、相当私のことが好きだったに違いない(すみません)
愛を歌っている曲なのに、どこか寂しい。
ただのラブソングじゃない、愛されてるのに愛してるのに、それでもまだ満たされない。
不安で、本当にずっとそこにいてくれるのか、確信が持てない。
そんな歌詞と、訴えるような尾崎の声に魅了されて、私はどんどん尾崎の曲を聴くようになった。
学校という組織にずっと違和感を抱えていた
小学生のころはずっと、教師になりたいと思っていた。
小学校3年生のときの先生に憧れて、あんなふうな人になりたいと思ったからだ。
その夢は中学校に入って、諦めた。
中学校の先生という存在に、どうしても魅力が感じられなかったのである。
これは先生自体が悪いのではない。
いま思えば、中学校という組織自体が難易度ウルトラCだったんだろう。
思春期の子どもたち相手に決められたカリキュラム、決められた時間、その中で知識と教養と道徳を教え、進路を導く。
ハードすぎる。我が子でもできない。
が、それは大人になって振り返って思うことだ。
当時の私は、自分で言うのもなんだが「最低ないい子」だった。
小学校6年生の春から塾に通い始め、どんどん新しいことを学んでいくのが楽しくて塾の勉強にのめりこんだ。
早稲田実業学校という、当時は私立付属系で女子最難関高に行くと中学1年生で決めていたもんだから、そりゃもう死ぬほど勉強してた。
1年生のときには、3年生の勉強まではすべて終わっていたような気がする。
つまり、学校の授業が退屈で退屈で仕方ないのだ。
ずっと知ってる、理解してることを永遠と聞かされる。
なんなら「この問題はこの公式使ったらすぐ解けるのにな」なんて思いながら、授業中に塾の宿題を終わらせている。
授業を聞かないのに、95~100点を取る。
「これで4つけられるならつけてみれば?」とすら思っていた。ひどい話だ。
それでも、学校に通わないといけない。
私が通って所属するべき「組織」、従うべき「先生」。
必要ないとは言わない。中学校時代が楽しくなかったわけじゃない。
ただ、なんで私、いまここでこんな風に過ごさなきゃいけないんだろうという気持ちがずっとぬぐえなかった。
ちなみに中学校時代の名言は
「敬語って敬う人に使うんでしょ?」
である。我ながら最低である。
正しいものなんて、誰もわからない
そんな私の目の前に現れたのが、尾崎である。
僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか それがこの胸にわかるまで
僕は街に飲まれて 少し心許しながら
この冷たい街の風に 歌い続けている
ー尾崎豊『僕が僕であるために』
※YouTubeを埋め込もうと思ったら重すぎて固まってしまった…こちらからどうぞ
この曲を聴いたときは衝撃だった。
僕が僕であるために、何が正解か分からないこの毎日の中で、それでも「見えない大きなもの」に勝ち続けなければいけない。
自分が正しいと思うものは分からなくていい。でも、生き続ける。
それが僕である証明なんだから。
いやーまじかよ。
そうか、大人でも正しいことって分からないんだ。
じゃあみんな、なんであんな「いまこの瞬間が正解です」みたいな感じで授業してるの?
そうモヤモヤしていたときに出会った次の曲のフレーズは、いまでも諳んじれる。
卒業していったい 何解るというのか
想い出のほかに 何が残るというのか
人は誰も縛られた かよわき子羊ならば
先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか
俺たちの怒り どこへ向かうべきなのか
これからは 何が俺を縛りつけるんだろう
あと何度自分自身 卒業すれば
本当の自分に たどりつけるだろう
仕組まれた自由に 誰も気づかずに
あがいた日々も 終る
この支配からの 卒業
闘いからの 卒業
ー尾崎豊『卒業』
そう、そうなんだよ。なんか怒ってるんだよ、私たち。
でもそれは誰が悪くて、何が悪いのかわからないんだよ。
私は表面上、いい子だから夜の校舎の窓ガラスを壊して回ることはできなかった(いい子じゃなくてもダメである)。
そういうのはできない。でも、そんな風に怒りを表現できる「ちょっとワルイ感じ」が、まだかっこよく映っていた時代だったんだよな。
そして中学校を卒業すれば、第一志望の高校に入れば、そのまま早稲田を卒業すれば、この窮屈な毎日を抜け出せると思ってた。
でもまさか、違うのか?
大人なっても、何かに支配されるのか?
多少、絶望していた気もする。
生きる意味なんて分からなくても、生きていく
そして極めつけが、私が最も愛してやまない『誕生』である。
先ほどご紹介した4thシングル『卒業』が口コミで広がり、2ndアルバム『回帰線』が音楽チャート1位。
一躍「10代の教祖」となった尾崎のその後は、決して輝かしいものではなかった。
20歳のときに突然の活動休止、単身渡米。薬に手を出し、日本に帰国後も覚醒剤取締法違反で逮捕される。
その後、1990年にリリースされたのが2枚組アルバムの『誕生』だ。
尾崎の人生を歌った一曲である。
これはぜひ一曲まるっと5回は聞いてほしいのだが、その中でも中学生のころの私が50回以上、聞いてるであろうフレーズをお届けする。
Hey baby 忘れないで 強く生きることの意味を
Hey baby 探している 答えなんかないかもしれない
何ひとつ確かなものが見つからなくても
心の弱さに負けないように立ち向かうんだ
さあ走り続けよう 叫び続けよう 求め続けよう
この果てしない生きる輝きを
新しく生まれてくるものよ お前は間違ってはいない
誰も一人にはなりたくないんだ
それが人生だ わかるか
ー尾崎豊『誕生』
「なんで生きるのか」なんて、理由はわからなくていい。
答えなんか見つからないかもしれない。本当の自分なんて、いないのかもしれない。
そんなものは見つからなくていい。
人間は弱いんだ。それはみんな同じ。でも、その弱さを理解して抱えながら、生きていく。
一人になりたいと思う。誰もわかってくれないと嘆く。
でもそれでも一人は寂しい。誰かと一緒にいたい。
そういう気持ちを抱えながら、生きていい。それが人生だ。
尾崎が絶望のさなかに結婚し、生まれた息子へ贈った言葉である。
くぅうううううううう
いま聞いてもしびれるぜ尾崎…
先生も、大変なんだな、きっと(非常に失礼な上から目線)。
私もこれからどうなるか分からない。でも、なら少なくともいま、目の前のやるべき、やりたいと思うことをがんばろう。
そう思って受験勉強しながらエンドレスリピートしていたころが懐かしい。
「私は何のために、生きているのか」
それに出会うのに、37年もかかってしまった。
自分の判断に責任を持つのが人生
今年の4月、会社員を卒業した。
それこそ組織にがんじがらめになっていた10年から、やっと卒業できた。
そして今月、はれて法人化する。
子どもたちが生まれたとき、私はこの子たちのために、生きていくんだと思った。
それは今も変わらない。何より大切な存在である。
でも、「子どもたちのためだけ」に生きる人生ではない。
AIと出会ってから、このAIの可能性をママたちに伝えて、ママたちがもっと“なりたい自分”や“叶えたいライフスタイル”を実現するお手伝いがしたいと、本気で思うようになった。
やっといまは「これをやるために、いままでこんなふうに生きてきたんだ」と思えるようになった。
尾崎が中学生の私にずっと、語りかけてくれていた「人生とはなにか、何のために生きているのか」という問いに、いまならこう答えると思う。
正解が分からなくても、正解じゃなくても、たとえ振り返ったときに間違えっていたとしても、そのとき自分が選んだ判断に責任を持つこと。
ああ、なんてつまらない答えだろう。笑
私も結局、あの頃の私が怒っていた大人になってしまったのかもしれない。
そうだとしたら、最大の皮肉だ。
自由だと思っていた働き方は不自由だったし、何にも縛られていないかといったら、時間に家族の予定に縛られまくりである。
それでも、私はいまの私が嫌いじゃない。
いやーしかし、こんなつまらない答えをいってしまうようじゃあ、尾崎の言葉が足りないかもしれない。
とりあえず、娘たちと一緒に「卒業」をリピート再生しようとしたら夫に止められた。理由が分からない。









りこさん、素敵な記事ありがとうございます。日本にはもっと飛び級制度があっていいのにね。つらかったでしょうね。勉強したくなくて教室に座ってるのとは訳が違う💦
私が尾崎豊を知ったのも彼氏だったなぁ、お互い浪人生だったという思出回帰🩷
りこさんのいつものタッチと全然違う記事。まさに尾崎世代の私は、うんうん、とうなづきながら読ませていただきました。AIを駆使しつつも、こういう人くささ全開のりこさんって、ほんと素敵ですね🫶