高校最後の試合、終了間際に出たキャプテン。
結局、勝てなかった。
もうこれで、サッカーは終わり。
あのとき、彼は何を考えていたのだろうか。
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サッカーW杯が始まった。
正直、私はサッカーに格別興味がある方ではない。
見に行こ!と誘われたら行ってたし、サッカースタジアムでビールの売り子の単発バイトをしたこともある。
(余談だが、当然ツインテールである)
学生時代、日韓戦を先輩たちと見て大盛り上がりだった記憶はあるが。
あれはお酒を飲みながらのあの場所が楽しかったんだろう。
スポーツとしておもしろいかと、分からない。
相手のゴールに多くボールを入れた方が勝ち、という非常にシンプルなルールなのに。
戦略が複雑すぎて見てても分からないのだ。
そんな私だが、実はサッカーに縁がないかというとそんなことはない。
ずっと応援していた人物がいる。
最愛なる弟である。
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エリートサッカー人生だった弟
先に言っておくが、私はブラコンである。
いまはお互いに家庭があり、東京と大阪でなかなか会えないが。
彼が広島に一人暮らししていた時は、夫と2人で会いに行って夕飯をごちそうしてあげたぐらいである。
そんな弟、実はサッカーエリートである。
幼稚園~小学校:新座片山
中学校:三菱養和
高校:國學院久我山
サッカーを知ってる人なら、おそらく知らない人はいないチームと高校だ。
ずっとそこで、試合に出続けていた。
新座片山時代では当時、江南南サッカー少年団にいた原口元気さんと戦ったこともある。
私はあまり覚えていないが、母曰く
「原口元気くんは同じ小学生とは思えない、段違いでずば抜けて信じられないくらい上手かった」
とのことである。
やはり、プロのサッカー選手になる人は子どもの頃から違うらしい。
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小学生から高校までの弟は文字通り「サッカーしかしない」毎日だった。
朝早く起きてランニングや学校に行ってシュート練、学校から帰ってきたらクラブに行って練習。
土日も試合と練習。
本当にずっと、サッカーばかりしていた。
勉強ばかりしていた私とは正反対。
「90分走るなら90分数学の問題を解いていた方がラクなのに、なぜ走るんだ」と言っていたぐらいである。
いま思えば。
あれだけ毎日サッカーし続けられる、その体力や忍耐力、継続力の源泉はやっぱり「好き」という気持ちだったのだろう。
つらくてもしんどくても「好き」だったら続けられる。
「好き」「楽しい」という気持ちが一番、人間を奮い立たせることができるのだと思う。
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そんな弟を私は尊敬していたし、可愛くて仕方なかった。
試合の応援にも行ってたし、私が高校生の頃は食べ盛りで夕飯までもたない彼のために
「サッカーしてて体が一番大切だから、カップラーメンとか食べさせたくない」
と、仕事でいない母の代わりにご飯を作っていたぐらいである。
ああ、なんていいお姉ちゃん。
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ずっとサッカーエリートだった弟。
優しくて人当たりもよく、人望もあったので國學院久我山ではキャプテンになった。
キャプテンになったと聞いた時は自分のことのように嬉しかった。
当然、試合に出て活躍できるものだと思っていた。
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が、弟は結局、3年生ではあまり試合に出れなかったのである。
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ここから先は身内の贔屓目が入ることを許して欲しい。
し、他のチームメンバーや監督を非難するものではない。
大人になったいまでは、むしろそういうのがあって当然だし、プロの選手になるなら「僕を使ってください」というアピールのうまさは重要である。
当たり前だ。
たくさんの同じような上手い選手の中から、試合に出れるのはたった11人なのだから。
監督との折りが合わない。
監督へのアピールがうまい選手がいる。
実力ではないところで、試合への出場選手が決まる。
そんなのはどこのチームでも見られる、よくある話なのだろう。
ただ、実の弟がそんな状況に立たされているのは見ていて辛かった。
「絶対に弟の方がうまいのに!!!!」と、家でバチ切れしていたぐらいである。
そして高校最後のインターハイ、東京都予選。
ここで負けたら、引退。
そんな試合でも、キャプテンの弟は出れなかった。
負けを許していた後半残り15分ぐらいだっただろうか。
弟が出てきた。
あれはきっと、監督の情けみたいなものだったのだろう。
そんな時間から出てきた弟にだって、色々と噛み締めるものがあったと思う。
それでも、堂々とピッチに立った。
たしか1本、かなり惜しいシーンがあった記憶がある。
だが、届かなかった。
「終わった…」
父兄たちがすすり泣く。
私はどちらかと言うと憤りの方が強かったのだが(戦闘民族)
ピッチに倒れていた弟が立ち上がり、そっとゴールに触れた。
それを見た瞬間に号泣していた。
悔しい、悔しい、悔しい!
なんで試合に出れなかったんだろう。
こんなに頑張ってきたのに。
絶対に弟の方がうまいのに!!!
いままでずっと、近くで努力するのを見てきた。
だからこそ、努力だけでは実らない世界もあるんだということを痛感した。
こうして、弟のサッカー人生は幕を閉じたのである。
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試合に出れなかった、彼のキャプテンとしてのサッカー人生。
それは「意味が無い」時間だったのだろうか。
結論、そんなことは全くない。
はじめに、キャプテンを任されたことで
チームをまとめる
メンバーの様子を見る、話を聞く
目上の大人(監督)とのコミュニケーションを取る
責任感が生まれる
など、将来的にビジネスで「チームリーダー」として活躍するために必要な要素、経験を身につけることができた。
何より、キャプテンとして試合に出れなくても
腐らない
努力(練習)し続ける
ことで、どんな困難でも諦めない耐久性と継続力を磨くことができた。
結果、彼は社会人になって非常に優秀な営業マンになった。
「サッカー10年以上やってました」
「國學院久我山でキャプテンでした」
と自己紹介すると、地方の先生たちがそれはすごい!ととても可愛がってくれたらしい。
いまは転職し、M&A系の企業でバリバリやっている。
よく分からないが、会社としての発表の場にも立っているらしい。
さすが我が弟である。
この前、東京のAIらぼのオフ会でたっっっまたまオフィス街の交差点ですれ違ったときはさすがにびっくりした。笑
過程で積み上げたものは裏切らない
これを読んでくれているあなたにも、いま何かを一生懸命がんばってるお子さんがいるかもしれない。
親から見たら頑張って欲しいし。
頑張ってるなら、本人が望むとおりの結果が出て欲しいと思うだろう。
ただ、思い通りの結果が出ないことの方が多い。
つらそうだったり、苦しそうだったりしたら「もうやめたら?」と思わず言いそうになってしまうだろう。
私は割と言ってしまいがちなタイプだと思う。笑
でも、本人が「やめる」っていうまでは見守っていきたい。
その苦しさや辛さの中でも、彼らの中でむくむくと育っているものがある。
その育ったものは、必ず彼らが大人になった時に助けてくれ るから。
「好き」で踏ん張ってきた時間は、裏切らない。
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ビジネスシーンでも同じだ。
ビジネスは結果がすべて。
結果を出すことが何より求められる。
でも「過程」で培われたものは、確実に私たちの中に積み上がる。
結果が出なくても。
誰にも評価されなくても。
腐らずに積み上げてきた時間は、血肉になる。
弟がベンチで過ごしたあの時間も、最後の15分で堂々とピッチに立ったあの姿も。
社会に出てからの彼を支えてくれた。
だから私は思う。
「結果が出なかった過程」に、意味がなかったことなんて一度もない。
人を本当に強くするのは、結果が出なかった日々をどう過ごしたか、その「過程」の方だから。




冒頭余談すぎて草
弟さん、素晴らしいですね👍
というか、スポーツってやっぱりいいですよね。
特にチーム競技は試合に出ても出なくても、自分の役割を果たすということを学びますよね。
その経験は社会人になって活きるという、本当に必要な人間力として身についているなんて、素晴らしい👍
しかもりこさん、お姉ちゃんという立場でご飯作ってあげてるなんて…感動💕