こんにちは!AIらぼのりこです🫶
そういえば本日6月30日、実は私の母の誕生日なんです。
母がいてくれたから、今の私がいる。
改めて、ありがとうの気持ちでいっぱいです。
月末ですし(どういうこと)
今日はちょっと人生観っぽいお話をさせてくださいね。
頑張っているのに成果が出ない。
もうこれ以上は無理かもしれない。
逃げ出したいけど逃げたら終わる気がする。
そんな「うーーーしんどい!苦しい!」みたいなときって、ありませんでしたか?
実は私も14歳のときに、本気でそこにぶつかったことがあるんです。
そして、その壁を越えさせてくれたのが、母のたった一言でした。
今日はその話を、最近読んでいる仏教の本と合わせてお届けします。
「悟っても、迷いは消えない」という教え
最近、生き方や働き方について考えるのがすごく好きで、朝に哲学系の本を読んでいるんですね。
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その中で、今朝読んでいたのは、道元さんの『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』。
正直、原文は3,400ページ以上もあって、とても私には読めませんww
なのでこういう入門的な本がやっぱりおすすめですよね。
その中で「あ、そうだよなぁ」と深く刺さった教えがありました。
それが「悟りを得ても、迷いは消えない」というもの。
悟りって、心が完全に晴れて、もう何にも迷わない状態だと思いがちですよね。
でも道元さんは、そうじゃないと言うんです。
迷いや悩みは、悟ったところで消えてなくならない。
むしろ、迷いながら、悩みながら、そこから逃げないこと。
それ自体が、日々の修行なんだと。
迷っている自分を否定するんじゃなくて「いま、自分は何に迷っているのか」を逃げずに見極め続ける。
それが、目指していくべき姿なんですよね。
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どんな道にも「死点」がある
この本を読んで、もう一つ印象に残った言葉があります。
それが「死点(してん)」。
この『正法眼蔵』の入門書を手掛けている田里先生曰く。
どんなスポーツにも、どんな競技にも、稽古を続けていると必ず訪れる「ものすごく苦しい瞬間=死点」があるそうなんです。
どれだけ練習しても伸びない。
どれだけ頑張っても勝てない。
もうこれ以上は無理、耐えられない。
そう感じる極限の時期。これが「死点」です。
そして勝負の世界は、この死点を越えた人だけが先に進める。
ここを越えられるかどうかで、すべてが変わってくるんですよね。
これを読んだとき、私は自分の人生を振り返って、ちょっとドキッとしました。
私はずっと、死点から逃げてきた
正直に言うと、私はあまり「死ぬほど頑張った」経験がないんです。
なんでも器用にこなせてしまうタイプで。
書道は毛筆も硬筆も8段までいったし、ピアノもショパンの簡単な曲なら弾けました。
でも、その先には進まなかった。
本気で極めたい人しか越えられない苦しい時期が来ると「受験があるから」と理由をつけて、その手前でやめてきたんです。
つまり、ずっと死点から逃げ続けてきたんですよね。
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14歳、唯一逃げなかった受験と、幻聴
そんな私が、人生でたった一度だけ死点に近いものを越えたのが、中学3年生の受験でした。
どうしても早稲田実業学校という高校に行きたくて、朝6時に起きて勉強して、学校でも塾でも勉強して、帰ってからも夜9時まで。
1日8〜10時間、それが当然という感覚で勉強していました。
ところが、夏明けのある時期から、急に成績が伸びなくなったんです。
いつもなら取れていた点数が取れない。
順位もどんどん落ちていく。
勉強しているのに、下がる。
でも勉強しないと受からない。完全に追い詰められていました。
どれくらい追い詰められていたかというと、模試の練習で数学を解いているときに、知っている人たちの声で「のりこー(本名)」って、幻聴が聞こえたんですww
それも2回くらいwwやばいですよねww
いま思うと、ちょっと危ないですよね。
「早実に受からなかったら高校浪人する」なんて、母に宣言していたくらい、視野が狭くなっていました。
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母の一言が、狭まった視野を広げてくれた
そんなとき、母がふと声をかけてくれたんです。
母はずっと薬剤師として働いてきた人で、私にとっては「働きながら子どもを育てる姿」がすごく自然で、かっこよくて、憧れの存在でした。
その母が、こう言ってくれたんですよね。
「頑張ってるのは分かるよ。応援したいと思ってる。でもね、早実に受かることがゴールじゃないでしょ?」
「早実に行かなくたって、早稲田の受験には挑戦できる。仮に早稲田に行けなくても、その先に仕事も人生もちゃんとある。高校受験は、あくまでスタートだから。大丈夫だよ」
その瞬間、「あ……そうだよな」って、すーっと肩の力が抜けたんです。
私の中では、早実合格が唯一のゴールになっていました。
それ以外の道なんてない、と本気で思い込んでいたんです。
道元さんの言葉を借りるなら、「早実に受からなきゃダメ」というエゴが、その先にも人生が続くという当たり前の道理を、まったく見えなくしていたのでしょう。
でも母の一言で、そのエゴを手放せた。
勉強は変わらず続けたけれど、気持ちがめちゃくちゃ楽になって。
結果的に、私立の特待合格も、早実合格も、どちらも掴むことができました。
あれが、私の人生で一度目の「死点」を越えた瞬間だったんだと思います。
そして、そこで助けてくれたのが、母でした。
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死点を越えるとき、そばにいる誰かの一言が効く
迷うこと、悩むこと、苦しいこと。
そこから逃げずに、なんとか立ち向かおうとすること。
それは本当に大事だけれど、ものすごくしんどい時もありますよね。
その苦しい死点を、這いつくばってでも越えていくとき。
私はやっぱり、そばで一言をくれる誰かの存在が、何より大きいと思うんです。
14歳の私にとって、それは母でした。
当時はオンラインもなくて、塾の仲間はライバルで。
だからこそ母の言葉に救われた。
でもいまは、その「一言をくれる誰か」を、オンラインでも見つけられる時代ですよね。
私自身、AIらぼやクレアカの仲間に会うたびに、「この人たちがいるから頑張れるよなぁ」って心から思います。
知識やノウハウももちろん大事。
でもそれ以上に、迷ったときに「ここに来たら頑張れる」と思える場所でありたいなと、改めて感じた朝でした✨
みなさんにとって、そんな人や場所はありますか?




おはようございます。
母上様のお誕生日、
おめでとうございます